KNBニュースエブリィは富山を正しい言い方で言わない

KNBニュースエブリィは富山を正しい言い方で言わない



 「KNBテレビはなぜ富山を正しい言い方で言わないのか」で、「富山」を言葉でいうときの抑揚(イントネーション)について書いた。その抑揚を棒線で表すと…

 富山の人間は、富山のことを「と_や―ま―」という。

 東京など県外の人は富山のことを主に「と ̄や―ま_ 」という。

 令和元年5月の大相撲夏場所で初優勝を果たした朝乃山が故郷富山に凱旋したと、先日テレビニュースが伝えていた。
 朝乃山関の故郷は富山である。富山では富山のことを、「と_や―ま―」といい、「と ̄や―ま_ 」とは言わない。

 テレビニュースでは、朝乃山の故郷「と ̄や―ま_ 」と発音していて、また間違った言い方をしていると思ったら、これは全国ニュースであった。全国ニュースならそれでも良い、県外の人は「と ̄や―ま_ 」という。

 いっちゃんKNBの全国ニュースの後、18時15分からKNBニュースエブリィが始まる。これは富山のローカルニュースである。ここでも、朝乃山が故郷富山に凱旋したことを伝えていた。そして例によって、富山を県外の人間であるかのように「と ̄や―ま_ 」と発音する。

 あ〜あ本当にイヤになる。

 朝乃山の故郷は、「と ̄や―ま_ 」ではなく、「と_や―ま―」である。地元のニュースであるはずなのに、一体どこのニュースを聞かされているのかという気持ちになる。

 いっちゃんKNBの全国ニュースの途中に、17時30分頃、「この時間は富山からお伝えします」という場面があるが、これも「と ̄や―ま_ 」という。

 KNBニュースエブリィの終わり頃にも一旦短く全国ニュースを伝えた後、「引続き富山のニュースをお伝えします」というが、これも「と ̄や―ま_ 」という。

 これを言うKNBのアナウンサーは富山「と_や―ま―」の人間である。どうなっているのだろうかと思う。

 KNBニュースエブリィを見ていて「と ̄や―ま_ 」と聞く度に、愉快でない何とも言いようのない気持ちになる。

 尚、この現象はKNBだけでないことは分かっているが、夕方はいっちゃんKNBを主に見ているので、ここではニュースエブリィを取り上げた。




令和元年6月記



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KNBテレビはなぜ富山を正しい言い方で言わないのか

KNBテレビはなぜ富山を正しい言い方で言わないのか

立山

 KNBテレビは富山のローカル放送局である。富山のテレビ局であるにも拘わらず、地域の番組の中で富山を正しい抑揚(イントネーション)で言わない。これがずっと昔から疑問である。ず〜〜〜っと昔から疑問で仕方が無い。

 富山の人間は、富山のことを富山という。と、文字で書いても分からない。
 言葉で言えばすぐ分かるのだが、とりあえずその抑揚を線で表す。

 富山の人間は、富山のことを「と_や―ま―」という。

 東京など県外の人は主に富山のことを「と ̄や―ま_ 」という。

 ちなみに金沢を初め石川県の人は「と_や ̄ま―」という。これは金沢弁である。

 金沢の人はともかくとして、富山県の内外で分ければ、「と_や―ま―」と「と ̄や―ま_ 」の違いがある。

 他の例で言えば、彼氏のことを年配の人は「か ̄れ―し_ 」というが、若い人は「か_れ―し―」という。このイントネーションの違いである。

 当方は長いこと富山に住んでいるが、自分の周りで富山のことを「と_や―ま―」と言わない富山県人に会ったことがない。(最近はテレビ画面の中では怪しくなりつつあるが、それはまたあとで。)

 ところが、KNBテレビは富山のテレビ局であるにも関わらず、地域の番組の中で富山のことを何と「と_や―ま―」ではなく、県外の人間であるかのように「と ̄や―ま_ 」というのである。

 実は、KNBテレビに限ったことではない。富山テレビもチューリップテレビもそうである。NHK富山放送局もそうである。テレビだけではない。ラジオ放送もそうである。

 富山の放送局のアナウンサーがみんな富山県人とは限らないが、富山県人のアナウンサーもそうである。KNBには、富山県人のアナウンサーが何人もいる。

 ず〜〜〜っと昔から疑問に思っているこの現象について今まで放送局の説明を一度も聞いたことがない。放送業界の内規か何か縛りがあるのだろうかと推測するが、テレビ局は何も説明しないので分からない。

 全国放送だというなら話は分かる。しかし、富山の放送局が、富山の人間だけを相手に放送する番組である。(能登半島まで電波が届くとか、そういう細かい話ではない。)おかしいとしか言いようがない。

 富山では富山のことを「と_や―ま―」っていうのは知っとんがだけど、かくかくしかじかで「と ̄や―ま_ 」って言わんなんがやちゃ、許してったはれ〜、おもしかろう…

 これぐらいの説明はあってしかるべきだと思うが如何。




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マニュアル車ならブレーキアクセル踏み間違いに対応できるのでは

マニュアル車ならブレーキアクセル踏み間違いに対応できるのでは



 昔の仲間と久し振りに集まったときに、普段乗っている車の話になった。

 当方は、長らく愛用していたジムニーを廃車して、現在はスズキハスラーに乗っている。そして、これがマニュアル車である。

 俺はスズキハスラーのマニュアル車に乗っている、というと、

 エエッ、今でもマニュアルに乗っとるなんて信じられんわ…

 とか、

 スズキハスラーにマニュアル車って、あったがけ〜

 という反応になる。

ガラパゴス!


 え〜そこまで驚かんなんけ… 今のご時世、ほとんどの車がAT車になり、マニュアル車が少ないことは知っている。だけど、自分はずっとマニュアル車を運転しているので、これが当り前になっていて、他の人間とそんなに違っているという感覚がない。



 昔は車といえばマニュアル車であった。自分が運転を始めた頃もそうである。その後、AT車が登場し徐々に普及していった。AT車が普及したのは運転が楽だからである。運転が楽だということは当方にも分かる。

 先日、マニュアル車とAT車の現在の比率が新聞記事に出ていたのを読んだ。正確な数字は忘れたが、圧倒的にAT車が多くて、こんなに差があるのかと正直思った。

 今でもマニュアル車を運転しているのは、特に大きな理由はなく、ずっとそうだったからである。あえて言えば、クロカン4WDに乗っている期間が長く、オフロードを想定している車ならマニュアルだろうということだ。尤も、日々の生活に使うのだから実際に走るのは舗装道路である。

 ハスラーは乗用車なので、AT車でも構わないといえば構わない。ただ、そこでひとつ以前から考えていることがある。それが、ブレーキとアクセルの踏み間違いのこと。

 ブレーキとアクセルの踏み間違いが原因と考えられる急発進や急加速が以前から報じられ、今も頻繁に報じられている。

 運転している人は、自分ではブレーキを踏んでいるつもりだが、実際にはアクセルを踏み込んでしまっている。ブレーキを踏んでいるはずのに、車が止まらないから、ますます踏みこんでしまい、そうすると車は益々加速する。一旦その状態になると、足が突っ張ってしまって修正が効かなくなるのではないかと想像される。

 これはAT車の場合である。そこでマニュアル車の場合だったらどうかと考えてみる。

 マニュアル車にはクラッチペダルがある。そしてブレーキを踏むときには、同時に左足でクラッチペダルも踏む。

 もし、ブレーキと間違えてアクセルペダルを踏んだとしても、自分がブレーキを踏んでいるつもりなら、左足でクラッチペダルも踏むはずである。クラッチペダルを踏んでクラッチが切れていれば、アクセルを踏んでエンジンがどんなに回転しても動力はタイヤに伝わらない。エンジンが空回りして唸りを上げるだけである。

 この場合は、車が急発進や急加速する事態には至らないという理屈になる。

 また、アクセルの踏み具合とクラッチのつなぎ加減が合わなければエンストということもある。

 クラッチペダルがあることによって、非常事態を防ぐためのひとつの安全装置になっているのではないか。

 そう考えて、今ではそれもマニュアル車を選択するひとつの理由になっている。

変人28号


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神岡のレールマウンテンバイクガッタンゴーはとても愉快

神岡のレールマウンテンバイクガッタンゴーはとても愉快

ガッタンゴー

 レールマウンテンバイクガッタンゴーは昔JR神岡線として使われていた本物のレールの上を自転車で走れるという画期的なアトラクションである。

 JR神岡線は今は廃線となり、汽車は走っていない。その残された線路の一部区間を自転車(マウンテンバイク)で走る。

 線路の幅に合わせた台車と自転車を組合わせた専用の車両にまたがり、通常の自転車の要領でペダルを漕ぐ。自転車は台車に固定されており、倒れることはない。今は電動自転車が使われており、力んでこがなくても前に進む。

「まちなかコース」の発着駅は、旧奥飛騨温泉口駅。駅名は奥飛騨だが、要は神岡である。猪谷と神岡を結ぶ神岡線の終点なので、神岡の街の中にある。

ガッタンゴー

 ガッタンゴーまちなかコースは、奥飛騨温泉口駅をスタートして、途中の駅を二つ過ぎて神岡鉱山前駅まで走る。ここで一旦自転車を降り、係の方が方向転換させてくれた自転車にまた乗り、出発地の駅まで戻る。片道2.9km、往復5.8km。途中にはトンネルや高架橋がある。

 台車がレールの上を進むと、レールの継目でガタンと本物の汽車のように音がして、振動も感じられる。トンネルの中は真暗で、走行音が意外に大きく響く。折り返し駅の構内はレールが何本も交叉していて、ポイント切替部分を本物の汽車のように進む。

ガッタンゴー

 レールマウンテンバイクガッタンゴーは、実際のレールの上を自分が運転して進むのだから、こんなに面白いことはない。鉄道の好きな人間には楽しくて仕方がない。

 客層は想定されるように子供のいる家族連れが多い。だが、鉄道の好きな大人が一人で乗っても良い車両タイプが、一両だけ新しく用意されている。(まちなかコースのみ)
 
 早くから乗ってみたかったレールマウンテンバイクガッタンゴー。令和元年6月初めて遊んで、とても愉快だった。これはリピーターになりそうだ。





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朝乃山が初優勝 富山県出身力士103年ぶり

朝乃山が初優勝 富山県出身力士103年ぶり



 令和元年5月、大相撲夏場所で富山県出身力士朝乃山が初優勝を果たした。12勝3敗。

 目出たいことは目出たいけど、なんやら面白い場所だったのう〜

 大相撲は午後6時にその日の取組が終わるので、テレビで中継を見る人は限られる。自分も、以前は土日ぐらいしか大相撲生中継を見られなかったが、今は場所中は午後5時頃から大相撲をテレビ観戦する境遇にある。

 朝乃山は、あれよあれよという間に優勝してしまった。

 今場所も午後5時頃からNHKで大相撲中継を見ていたが、番付の関係で朝乃山(前頭8枚目)の取組はテレビのスイッチを入れる頃には終わっている。場所中盤に、朝乃山が一敗とか二敗とかで優勝争いに残っているときも、実況アナウンサーの話で今日も勝ったのかと知るだけで、取組を見ることはなかった。そうこうするうち、13日目に漸く大関栃ノ心との一番を実況で見ることができた。

 午後5時以降に朝乃山がテレビに映っていないのは、上位陣と対戦していないからである。やっと実況で見られるようになったと思ったら、14日目対大関豪栄道戦に快勝し、結びで横綱鶴竜が負けて、朝乃山の優勝が決まってしまった。テレビ画面で、朝乃山の強さを目の当たりにすることなく、あれ…と思っているうちに優勝が決まってしまった感じである。

 もっと早くから午後5時以降の対戦、つまり上位陣との対戦を組むことはできなかったのだろうか。上位陣が後半バタバタと負けが込み、予期せぬ展開になってしまったように思われる。

 結局朝乃山は、横綱鶴竜、大関高安、関脇逸ノ城、小結碧山と対戦していない。途中休場した大関貴景勝とも対戦が無かった。小結御嶽海とは千秋楽に当たって残念ながら負けてしまった。

 とはいえ地力がなければ優勝はできない訳で、快挙には違いない。

 富山県出身力士の優勝は、大正5年の横綱太刀山以来103年ぶり二人目。朝乃山の山には、太刀山の山の意味も込められているらしい。三役経験のない平幕力士の優勝は58年ぶり。

 最終日にトランプ大統領が来場したりと、なんやら面白い場所だった…







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雪まだ多い立山室堂にシンデレラ姫も上る

雪まだ多い立山室堂にシンデレラ姫も上る

立山室堂
室堂から見る立山

 今年令和元年五月前半は晴天の日が続いた。下界から立山連峰もはっきり見えて、山に登るならこういう日だ。折角の好天続きなのに都合がつかず、立山行きを見合わせていたが、漸くその日を迎えた。本日も晴天。当日の天気を見て立山行きを決められるのは、富山に住む人間の特権といえる。

 最近の立山黒部アルペンルートは外国人観光客が増えている。一番良く耳にするのは、中国語というか台湾語というか中国系のことば。多分台湾人なので、ここでは台湾語としておく。他には、韓国語もよく聞く。

 この日の立山駅も台湾からのツアー客だろう、台湾語が飛び交っている。この人たちの装いで気付くのは、概して軽装で、特に履物はスニーカーが多い。下界は初夏を思わせるが、立山に上ればそこはまだ雪の世界である。スニーカーでは、雪の上は歩きにくいだろう。私は、冬のスキーの格好で、足元は長靴である。

 ケーブルカーの発車時間を待っているとき、一人の若い娘が現れた。見ると、何とウエディングドレスのような白いドレスを着用している。上半身は上着を羽織ってそれとは分からないが、腰から下はドレスがふわっと広がっている。それを両手で上からつまんで小走りに走る姿は、まるでシンデレラ姫である。何だ、このコは。



 山岳ルートの始発駅には凡そ不釣合いな光景。まさか、これで立山室堂まで上がるのか。これはスニーカーどころの比ではない。一体この娘は何を考えているのだろうか。

 ケーブルカーを降り、美女平で高原バスの列に並ぶと、たまたまシンデレラ姫のいるグループの後ろになり、会話が聞こえた。リーダーらしい女の人は、本格的なカメラ機材を携えていて、写真撮影に関する話を始めた。

 そうか、そういうことか。ここで漸く腑に落ちた。この人達は、まだ雪に覆われている室堂で、雪の立山を背景に写真を撮るんだな。察するに、リーダーはカメラマンか講師か、そして一行は写真撮影を目的としたツアーか何かではないか。白いドレスは撮影用の衣装だったという訳だ。

 雪の立山とドレスが全く頭の中で結び付いていなかった。インスタをしない頭が流行りについていってない。
 意味が分かって良かったあ…

雪の大谷
雪の大谷 令和元年5月





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たまたま偶然に身を任せ人生は行き当りばったり

たまたま偶然に身を任せ人生は行き当りばったり

北陸鉄道

 用務で平日に金沢へ行く。平日なので「あいの風・IR1日フリー切符」は使えない。朝、別件との兼ね合いを見てから金沢行きを決めたので、北陸新幹線の「金沢自由席往復切符」も使えない。

 金沢では、北陸鉄道の年季の入った電車に乗って、用務を済ませた。復路の電車はたまたまかろうじて間に合ったもので、これを逃していれば30分あとになるところだった。

 金沢駅に戻ると昼の12時になるところ。昼ご飯はこだわらないので、金沢駅百番街あんとの「米芯」でおにぎりを買って、その辺で腰を下ろしても構わない。何しろあんと内の飲食店はいつ来てもお昼時は人で一杯である。並んでまで店に入ろうとは思わない。



 とりあえず今日の賑わいを見てみようと、「まいもん寿司」へ向かってみると意外や意外、店内は何席か空いている。お昼を寿司にするつもりは全然なかったのだが、折角空いているならと入店した。

 まいもんランチを注文し、いつも賑わう金沢駅でも平日は空いていることがあるのかと思っていたら、次々と客が来てじきに満席になり、待ち合い席も埋まってしまった。そうか、たまたまタイミングが良かっただけか。

 考えてみればお店でお寿司を食べるのは久し振り、腹が減ってネタも美味いし酢飯も美味い。たまたま席が空いていたので、ふらっと入店することができて、美味い寿司を食べることができた。人生は行き当たりばったり…



 帰りの電車まで30分程あるので、あんと内の地酒店へ。今日は仕事で来ているので、酒を買うつもりは無い。酒を見ていると店員が来て話しかける。こちらは冷やかしなので、他の客に付いてもらえばいいのだが、珍しくあれかこれかと品定めをしている客がいない。ならばいいかと会話していると、最後に勧められた酒が気になった。精米歩合50パーセントなのに、純米大吟醸ではなくただの純米酒として表示している。値段も純米レベル。

 これを飲んでみることにした。

 たまたま時間潰しに寄っただけなのに、たまたま客が少なかったばかりに酒を買い、早速晩酌に飲んでみるとこれが美味かった。人生は行き当たりばったり…




令和元年5月記


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城端曳山祭に合わせて城端の古い町並を散策

城端曳山祭に合わせて城端の古い町並を散策

城端曳山

 長いこと富山に住んでいるのに、富山県内で行ったことのないところが沢山ある。折角富山にいるのだから、元気に動けるうちに一度は見ておこう、ということで、城端曳山祭にも足を運んだ。

 城端曳山祭は、平成29年にユネスコ無形文化遺産登録されて注目度が上がり、それならと自分も見物に出かけた。このときは、大通りは沢山の見物客で賑わっていた。

 そして今年令和元年は二度目である。前回古い街並みで見ていないところがあるので、城端曳山祭に合わせて散策することにした。

 城端線終点城端駅で降りて善得寺前へ向かうと、庵屋台と曳山の巡行が始まっていた。今年は二年前に比べ見物客は格段に少なくなっていた。これを少し見てから街中の散策に移る。

 城端には所々古い町並が残っている。町家の家屋が散見されるほか、木造の機織り工場が何軒か残っていて昔懐かしさを感じる。

機織り工場

 城端の町は、二本の川に挟まれた小高い段丘の上にあるので、ちょっとした坂道が多い。建物も上から見たり下から見上げたりすることになり、景色に変化をもたらしている。

 善得寺でお参りし、境内の片隅を拝借してお昼にする。善得寺境内も一昨年は大勢の参拝客だったが、今年は人が少ないのでここで腰を下ろした。

 本堂から声が聞こえ上がってみると、お坊さんがマイクを持って参詣人に解説をされている。お話を聞きながら様子を見ていると、どこかのツアー客一行に向けたもののようだ。
 帰宅後調べてみると、善得寺では拝観案内を受け付けている。一人400円で事前に申し込みが必要とある。歴史あるお寺の解説をゆっくり聞いてみたいが、事前予約というのが、行きあたりばったりで出かける自分には苦手である。

 また、南砺市観光協会の城端観光ガイドもあるようで、こちらは利用日の7日前までに申込が必要。これはなおさら無理かな。

 帰りの高岡駅ホームには、氷見線に向かう観光列車べるもんたが発車を待っていた。

べるもんた






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天皇陛下御譲位 平成の御代から令和の御代へ

天皇陛下御譲位 平成の御代から令和の御代へ



 平成31年4月30日から令和元年5月1日にかけて、天皇陛下の譲位に伴う儀式が執り行われた。

 日本の歴史において、天皇の譲位は、江戸時代は1817年、光格天皇のとき以来202年ぶりのことである。


平成31年4月30日(火・退位の日)

午前10時から
○退位礼当日賢所大前の儀(かしこどころおおまえ) 

  天皇陛下が賢所に退位礼を行うことを報告する儀式

○退位礼当日皇霊殿神殿に奉告の儀

  宮中三殿 … 賢所・皇霊殿・神殿
   賢所   天照大御神をお祀りする
   皇霊殿  歴代天皇及び皇族の霊をお祀りする
   神殿   神々をお祀りする


午後5時から約13分
○退位礼正殿の儀  皇居宮殿松の間  

  安倍首相が国民を代表してお礼の挨拶

  天皇陛下の最後のお言葉



 日付の変わる午前0時をもって、天皇陛下が退位され、新天皇が即位される。



令和元年5月1日(水・即位の日)

午前10時30分から約6分
○剣璽等承継の儀  皇居宮殿松の間
  
 三種の神器のうち剣と曲玉、御璽、国璽を、即位された天皇陛下の前に置いて皇位の継承を明らかにする。

 三種の神器 … 八咫鏡、草薙剣、八坂瓊曲玉

 八咫鏡 伊勢神宮に祀られ、分身が皇居宮中三殿の賢所に祀られている。
 草薙剣 熱田神宮に祀られ、分身が御所の剣璽の間に保管されている。
 八坂瓊曲玉 御所の剣璽の間に保管されている。

 三種の神器は、歴代天皇を初め、誰も目にしたことがないとされる。

 古来の様式は、退位する天皇から即位する天皇に剣璽等が承継されるが、この度は、退位の儀式と即位の儀式は日が分けられ、新天皇の即位の儀式に上皇陛下は同席されない。


午前11時10分から約8分
○即位後朝見の儀  皇居宮殿松の間

  天皇陛下の最初のお言葉

  安倍首相が国民を代表して挨拶


 天皇陛下は当面赤坂御所に引き続きお住まいになるため、剣璽は天皇陛下の側にあって伴に移動する。


 天皇陛下譲位に伴う一連の儀式が、恙無く行われたことは何よりであった。突発的な自然災害などが起こらず幸いであった。

 退位の日は、東京は雨模様で、往く平成を静かに惜しむ涙雨のように思えた。

 即位の日は、こちらは雨だが、東京は晴れているようで、即位をお祝いするのにふさわしい。

 尚、政府は憲法との整合性なるものに細かく意を用いているが、当方は何も気にしないので、この度の皇位継承を実状のままに譲位と表す。

 歴史上の画期的な出来事と思い、その一端を記した。

令和元年5月1日記




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令和の令には字が二つあるという今さら

令和の令には字が二つあるという今さら

 令和の令には字が二つあるという。新元号「令和」が発表されてからテレビ番組でたまに取り上げているようだ。その二つのどちらで書けばいいのか、どう違うのか、ということなのだろう。何だか、えー今更という感じである。テレビ番組では、どちらで書いても良いという結論になっているようだ。

 ふたつの字体は次のとおり。

  活字体             手書き

 ひとつは三画目が横線で最後の一画が縦線になっているもの(左の画像)。もう一方は、三画目が斜め線で、その後カタカナの「マ」のように書くもの(右の画像)。

 最後の一画が縦線になっているのは、印刷された活字の文字。一方、手書きで書くときは、カタカナのマのように書く。左の図は活字体、右の図は手書きの字体である。

 同じ字だけど字体が異なるだけである。だからどちらで書いても正しい、といえばそうかもしれない。
 
 だけど、手書きのときは右側であろう。「冷たい」と書くときは意識せずにマの方を書くだろう。「大統領」や「領収書」と書くときも、意識せずにマの方を書いているだろう。それはそのように習ってきたからである。だから大の大人がこれを問題にしているのを見ると、えー今更と思う。

 この違いは私は小学校のときに教わった。でも、小学校で教わっても忘れることはあるし、そもそも教わったことさえ忘れている人もいるだろうとは想像できる。特に最近は手書きの機会も減っているし、歳も取っていくことだし。

 私は当時多分疑問に思っていたのが、授業で余程合点がいったものだろうか、幸い今に至るまで覚えている。小学校のことはろくに覚えていないが、これはしっかり頭に残っている。

 テレビ番組には、「どちらで書いても正しい」といういい加減な結論ではなくて、勉強になるものがあった。

 中国の明の時代に木版印刷が発達し、木版を彫るときに斜めの字は彫りにくいので、縦線横線にする字体が考案されたという。そうしてできたのが「令」。しんにょうも本来くねくねして斜めなのが、「近」のようにまっすぐになっている。確かにしんにょうを手書きするときは、こんなまっすぐには書かない。この印刷用の文字は、明の王朝のときにできたので、明朝体という。成程、そういうことか。


 「令和」発表のときの額縁の字を書いた人は、書家でもあるという。


 
 これは書家だからこその字。そして新聞やテレビで報道される字は当然活字体になるので、それも意識されたのではなかろうか。



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